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「やっぱり････納得いかないわ。」
勝ち気な唇を尖らせてそう呟いて、胡美は親指の爪の先をカリッと噛んだ。 そのまま思索に没頭しだすと、桜色の爪に何度も白い歯を立てる。 と――― 目の前にふわりと手が降りてきて、受難に遭っていた親指を口元から救い出した。 「若い娘さんが爪を噛んじゃだめだよ。せっかく綺麗な爪なのに。」 胡美が目線を上げると、岩永は微笑ってそっと手を離した。 “若い娘が”なんて、実は胡美が嫌いな言葉の一つだ。 探偵を始めてからは特に。 “小娘のくせに”“女だてらに”と、事ある毎に言われては、どんなに悔しい思いをした事か。 なのに――― 「････はぁい。」 何故だか、この人が口にしても腹が立たない。 素直に聞いてしまう自分が気恥ずかしくて俯いた胡美の前に、小さな箱が置かれた。 「囓るならこっちにしよう。」 淡い色の和紙が張られた蓋を開けると、中には白い薄紙に包まれた色とりどりの星の粒。 「わっ、ゑびす堂の金平糖だ。」 「読者の方から差し入れを頂いてね。好きだったでしょ。」 「もちろん！あ、座って下さい。今お茶淹れますから。」 一瞬にして破顔した胡美は立ち上がっていそいそと薬缶を取り出し、水を汲む。 岩永は窓際の椅子に腰掛けて、その様子を頬笑ましく目で追った。 「やっぱり女の子だね、甘い物でご機嫌が直るところは。」 「んもう！あんまり女の子女の子言わないで下さいっ。」 むくれた振りをしてそう言い返しながらも、やっぱり腹は立たない。 だって、見下して言ってるんじゃないってちゃんと解るもの。 我ながら現金だと密かに肩を竦めて、胡美は来客用の湯飲みに手を伸ばした。 薄桃色の粒をひとつ摘んで口に入れた。
ぽりぽりと小気味良い音を立てると、途端に甘さが舌に広がる。 「ん〜美味しい。」 口の中のささやかな幸福を堪能する胡美を見て、目を細めた岩永の表情がふと、心配気に曇った。 「今度の事件、そんなに大変なの？」 「･･････」 「だって犯人はもう判って――」 「違う！」 甘い結晶をガリッと噛み締めた胡美が頭を振った。 「警察は『眠りの魔術師』を犯人と決めつけてるけど、あたしはそうは思えないんです。」 「どうして？」 「そりゃあ『眠りの魔術師』は得体の知れない怪しいヤツだけど･･････でも、アイツは絶対人殺しなんかしない。」 口に出してみて、もやもやと蟠っていた違和感が今はっきりと認識できた。 「じゃあ今回の犯人は･･･」 「きっと他にいます。」 そう断言した後、唇を引き結んだのは、さっきまで憤懣やる方無く爪を噛んでいた少女の顔ではない。 瞳には、確信と決意が漲る。 「そう･･･君がそう信じるなら、諦めずに納得のいくまで調べてごらん。」 笑顔に戻って励ます岩永の言葉は、口に残る甘さよりも優しくそれでいて確かな勇気をくれた。 「はいっ。････ありがとう、岩永先生。」 「僕は何も。」 お茶を一口啜って金平糖を一粒口に放り込んだ岩永は「ホントに美味しいね、これ」と言ってまた穏やかに笑った。 |