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楽屋裏に引っ込んだ途端、岩永は隅にへたり込んだ。 「あー、楽しかったー。」 後に続く安田はご満悦な表情。カスタードクリームまみれの顔を拭う岩永の肩をぽんぽんと叩いて、楽しげに大口を開けて笑う。 「お疲れさーん。良かったなぁ、受けて。」 冗談じゃありません！･･･と言いたいが、もはや口答えする気力も残ってない。 せめて恨めしそうに抗議の視線を返したって、通じる相手ではなし。 上機嫌な後ろ姿を溜息で見送ると、どっと気が抜けて壁際に座り込んだ。 「よく頑張ったよな。よしよし。」 次の演目で出番を待っていた森の慰めにも、生返事しか出なかった。 （まぁいいか。もう終わったんだし。一応患者さん達も楽しんでくれたみたいだし･･･） 少し休んで何とか気を取り直しかけた時、不意に頭の上から白いものが降ってきて、一瞬ぎょっとした。 膝に落ちたそれがタオルだと気づいて、視線を上げる。 「まぁだこんなとこ、いたのかよ。」 面白半分、同情半分の笑みで森が覗き込んできた。 「あ･･････もう終わったんですか？」 「おう。なぁんだ。見てなかったのかぁ、俺達の華麗なステップをよ。」 森の向こうには、やはり気の毒そうな視線で苦笑いを見せる市野沢。 （いいなよ、何か芸の出来る人は･･･） 「はぁ、すみません。」 気のない返事が返って、森も苦笑した。 「ひでぇ目にあったな。ま、運が悪かったと思って。」 頭をよしよしと撫でられて、また力が抜ける。 ───確かにくじには違いなかったのだが。 そもそも安田が自分の演目に二人羽織を思い付いたのが運の尽き。更に『オモチャにしたら面白そうなヤツ』リストなんかを作ったから大変だ。 リストアップされていると知った人間は、慌てて別の演目に潜り込んだり待機シフトの職員に交替を頼み込んだり。 実は市野沢もリストに入っていたのだが、森に「一緒にタップやりましょう！いや、やって下さい！！」と半ば強行に頼み込んで、どうにか難を逃れた次第だ。 結果、アミダに載せられたのは、要領悪く逃げ損ねた連中。もちろん岩永もその一人で。 かくして、犠牲者は決定したのだった。 「もう出番ねぇんだろ。早いとこ洗ってきな。」 「はぁ。」 腕を取って促され、漸く億劫そうに立ち上がった。 そのままとぼとぼとした足取りで歩き出した岩永を見た森が、何を思ったか、後ろから耳朶の縁に沿って、つっと指を滑らせた。 途端に、 「ひゃぁっ！」 素っ頓狂な声を上げて岩永が飛び退いた。 「なんてぇ声出してんだよ。」 「だ･････だって････何すんですか？いきなり･･･」 「何って、これ。」 拭い取った生クリームの付いた指先を見せると、ぺろりと舐めた。 「そっ、そんなの舐めないで下さいよ！」 岩永はなぞられた耳を押さえて真っ赤になる。 どうやらよっぽど安田に体中撫でまわされて、過敏になってるらしい。 「そーだなぁ。」 にやりと笑った森を前に、嫌な予感。 いや、予感と言うよりは確信と言うべきか。 「どうせ舐めるんなら、こっちの方がいいなぁ。」 森の言葉が終わらない内に逃げ出すも時既に遅く、素早く伸びた掌にあっさり捕まり無駄な努力に終わった。 その上、引き寄せられた勢いですっぽりと腕の中に収まって、身動きがとれない。 それでも必死になって足掻く岩永ににやついていた森は、目の前の真っ赤になった耳を徐に舐め上げた。 「〜〜〜〜っっ！！！」 「ん、旨いぜ、このクリーム。」 声も出ないまま腕の中の身体が大きく跳ねるのを見て、可笑しそうに笑う。 「やめ･････ふ、服が汚れても知りませんよっ！」 「気にすんなよ。俺ももう出番ないから。」 「そんな問題じゃ〜〜」 もはや涙声に近い情けない声が上がる。 充分楽しんで満足した腕から解放されると、岩永は力無く床に座り込んだ。 「だから、早いとこ洗ってこいっつったろ。何だったら洗ってやろうか。俺も一汗かいたし。」
岩永にとっては、冗談に聞こえないところが恐い。 「け、結構です！お先にどうぞ！！」 「ぐずぐすしてると、他のヤツにも舐められっちまうぜ。」 「こんなコトするのは、あなたくらいのもんです！」 「そうかぁ？」 自覚がないってのも良いんだか、悪いんだか。 涙目で睨み上げる顔を見下ろして、森はつい吹き出した。 こんな調子じゃあ、今舞台で大立回りしているわんこが二匹、さっきまでこっちを見ながら舐め付きたそうな顔をしてた事は黙ってた方がよさそうだな。 「分かったよ。んじゃ。」
お先に、と行きかけた背中が立ち止まって振り向く。 「やっぱり、洗ってやろ･･･」 言いかけた森の顔めがけてタオルが投げ付けられた。 「ひげ！クリーム付いてますよっ！！」 タオルはしかし、顔に届く前に勢いを無くし、胸の辺りにふわりと届く。 「ありがとよ。」 片目を瞑って余裕の笑みを返した森が悠々と歩き去ると、岩永はがっくり項垂れた。 もう、何で僕ばっかりこんな目に･･･ 立て膝に頬杖をついたまま、腹の底から深い溜息を吐く。 まさか次回も自分たちでやろうなんて、テル先生言い出さないだろうなぁ･･･
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