bittersweet

「森先生、います？」
軽くノックして内科部長室のドアを開けた岩永を、奥のデスクに座った森が呼び入れた。
「おう、入れよ。何だ？」
「はい、昨日伺った患者さんの件ですが。」
歩み寄り資料を手渡した岩永は、説明しながら僅かな違和感を感じとった。
怒ってる？････と言う訳でもなさそうだが。
説明に頷きながらも、いつも快活で歯切れ良い口調の森がどことなく不機嫌そうな表情を隠せないでいる。
何か不愉快な事でもあったのかな？
訊いて良いものかどうか躊躇っていると、ふとデスクの上の銀色に気付いた。
「へぇ、珍しいですね、チョコなんて。」
甘い物が苦手とは聞かないがわざわざ買って食べるところなど見た事無かったので、意外な気がしたのだ。
「ん？あぁ院長のパチンコの戦利品だよ。」
あぁ道理で、と納得した岩永だが、森の様子を見るとまさかこれが不機嫌の原因なのだろうか。
「あの･･･不味かったんですか、それ？古かったとか？」
「いやぁ、古かねぇが････食うか？」
言葉を濁した森は、相変わらず不機嫌そうに食べかけの銀紙の固まりを指差す。
「え？いえ、結構です。」
そう言って「それじゃあ」と行こうとした岩永の手を不意に掴んだ。
「まぁそう言わず、味見くらいしてけよ。」
「は？･･･ちょっ？何？！････ッッ！！」
立ち上がった森が逃げかけた肩をぐいと掴んで引き寄せる。
目の前に迫る顔を避ける余裕もなく唇を塞がれた。
（――苦ッ？！！）
いきなりのキスよりも、予想外の苦味の衝撃に目を白黒させる岩永にお構いなく、森は舌を絡め取り貪り続ける。

漸く開放された途端、岩永が顔を顰めた。
「ぅえ･･･何ですか？コレ？！」
怒る気力も失せる程散々口内に擦り付けられた、炭を噛んだような苦さ。
その中にほんの僅か、よく知ったカカオの、風味とも呼べない名残りが漂う。
「これ･･ホントにチョコ？？」
「今流行りの高純度カカオってヤツらしい。９９％いってんじゃねぇか。」
少し気が晴れたのか、森は楽しそうに笑いながら水の入ったコップを手渡す。
「言ったろ、院長の戦利品だって。俺も一杯喰わされたぜ。」
「だからって僕まで巻き込まないで下さいよ。」
一口水を含んで抗議の視線を送るが、相手にされる筈はなく。
「さて、あと誰に食わせてみるかな。北見先生辺り、面白そうだよな。」
さっきまでの仏頂面は何処へやら。とっておきの仕掛けを思い付いた悪ガキのように残りの銀紙を白衣のポケットに落とす。
「殴られたって知りませんよ。」
そんな忠告も無駄だと知りつつ呟いて、岩永は溜息をついた。

ホントにこういうとこ、子供なんだから････
というか―――

北見先生にもいきなりキスする気なんだろうか････？