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ヴァルハラで朝食を
目が覚めて真っ先に視界に入ったのは、無造作に医学書が積んである書架。
････あーそうだ。昨夜は部長室に泊まったんだっけな。
森はソファベッドから身を起こし、大あくびをした。
昨日、喘息の処方薬について教えて欲しいとせがむ輝に捕まったのは、ちょうど帰り掛けのことだった。
情熱は買うが、当直明けの身に駄々っ子の相手はちと辛い。
しつこく食い下がられ閉口してたところを、通りがかった岩永に助け船を求めたら、これが意外な誤算。
逆に輝の熱意に絆された岩永は「僕も手伝うよ」と言い出す始末だ。
仕方なく、夜まで付き合う羽目になってしまった。
まぁ気持ちは解らんでもないし、ついでに岩永がこの後まで付き合ってくれれば、格好付けた甲斐があるってもんなんだが･･････
「ありがとうございましたっス！！」
様々な投薬例を仕入れて喜色満面で部屋を出る輝と一緒に
「本当にありがとうございます。すみませんでした、無理をお願いして。」
肝心の岩永にもあっさりと帰られてしまった。
こんな筈じゃ･･･と首を捻ってみても後の祭り。
結局、寝に帰るだけなら時間の無駄と帰宅は諦めて、内科部長室のソファベッドでふて寝を決め込んだのだった。
起き抜けの頭で窓の外に目を遣ると、小憎らしい程に爽やかな晴天が広がる。
が、特に何をする予定がある訳でも無い。
今日は遅出のシフトだし、何もなきゃ昼までここでぐうたら過ごすか。
そう思った矢先、小さなノックが鳴った。
「おう居るぜ。入れよ。」
遠慮がちに開いたドアから顔を出したのは、岩永だった。
「あの･･･お早うございます。」
「おう、どうしたんだ。早いじゃねぇか。」
がしがしと頭を掻いて欠伸をする森を見て、岩永は申し訳なさそうな顔になる。
「やっぱり昨夜ここに泊まったんですね。」
「ん？あぁ、お人好しな誰かさんに付き合わされて帰りそびれちまったからなぁ。」
「すみません、夜勤明けでお疲れだったのに。」
「ま、いいさ。で、今度は何なんだ？」
「あ、はい･･･これを――」
差し出されたビニール袋は、受け取ると温かい。
「朝御飯まだでしょう。よかったらどうぞ。」
中には今時珍しく経木に包まれた握り飯が３個。
プラスチックのパックに入った野菜の煮物。
蓋付きの容器は味噌汁らしい。
「このお店すごく美味しいんですよ。お米屋さんが副業でやってて、お握りも全部手作りだし。」
「ふ〜ん。」
話を聞きながら早速取り出し、一口ぱくつく。
なるほど、程良い塩加減が朝の空腹を刺激する。握り飯に合った少し硬めの炊き上がりも、口の中でほどける握り具合も、さすがプロの技といったところか。
「うん、こいつは美味いぜ。」
思わず出た言葉に、岩永もほっと嬉しそうに微笑う。
「良かった。じゃ、僕はこれで―――あの、輝先生の事よろしくお願いします。まだあれこれ訊いてくると思いますので。」
「あんたも大変だな。ガキのお守りも楽じゃなかろ。」
軽いからかい口のつもりだったのだが。
何だかヤキモチめいて聞こえやしなかったか。
言った後で妙に気恥ずかしくなり、煮物の里芋を突ついて誤魔化した。
果たしてどうとったのか、岩永はくすりと笑って肩を竦める。
「もう慣れましたから。―――あ、そうだ。ついでにもう一つ。」
「ん？」
「寝癖、直しとかないと。ダンディな森先生ファンががっかりしますよ。」
「へ？」
顔を上げるのを待たずして、くすくす笑いを残し、戸が閉まった。
････寝癖？
鏡を覗き込んで、寝起きでぼさぼさの髪を映す。
よく見ると確かに、横からあさってを向いて跳ね上がっているのが見える。
もしかして俺も手が掛かるガキの一人ってか････？
ひょこんと飛び跳ねる髪を撫で付けながら、森は独り言ちた。 |