ドラマ版小ネタ・その1



――視線が痛い
そりゃ、点滴台ガラガラ引き摺って医局を歩けば、嫌でも目を引くとは思うけど。

「あー、岩永先生そんなの俺がやりますから」
ちょうど回診から戻ってきた輝が、飲み終えたコーヒーカップを片付けようとしていた岩永に慌てて駆け寄った。
「も、大丈夫だがら。そんな大袈裟にすんなて」
そう言ってもカップを取り上げられ、デスクまで押し戻される。
「何言ってんですか。昨日の今日なんですから、まだ無理しないで下さい」
精密検査で異常こそ出なかったものの、額に冷却シートを貼られ点滴台に繋がれた岩永は手術室にもICUにも顔を出せない。もちろんHOTの対応なぞ不可能。
誰もがギリギリの忙しさの中。なのに輝を初め、林もナース達も皆何かと気遣ってくれている。
岩永としては、成り行きとはいえ自分の体調管理不充分が招いた事だけに、その優しさが些か・・いやかなり居心地悪い。
そしてそれより更に居心地の悪さを倍増させているのが――
「岩永っ、デスクワークでもやる事は山ほどあるんだぞ」
背後から刺すような視線と、ドスの効いた声。
外科部長席からだ。
「・・・はぁ」

北見も懲罰の意味で命じてる訳ではない。
本当ならせめて一日でも完全休養を取らせてやりたかった。
だがヴァルハラの人手不足はもう限界を超えている。
数の面だけではない。片岡が脱けた今、若手ばかりとなってしまった外科医局では、専門は違っても比較的年長で経験豊富な岩永の存在に頼る部分は小さくない。
頼っていたのは自分も同じ。そう思うと、北見にも自責の念がある。
それは本来なら外科部長として自分が負うべき役目だったのだ。
院長が病院存続のために動いている時だからこそ、内部のことはナンバー2である自分が。
なのに、引き抜きや妨害にばかり意識を取られて、残ったスタッフの状況の把握が疎かになっていなかったか。
少なくとも此奴は大丈夫――その甘えが岩永に無理を強いた。そして今も。
すぐにも現場復帰しようとした岩永を、さすがに手術からは外したが、結局休ませる事は出来ず、事務仕事で医局に詰めさせている。
忸怩たる思いで、それでもこんな言い方しか出来ない自分はやはり院長とは違う、つくづく人間が出来ていないと溜息すら出る。
ふと気付くと、肩越しに振り返った岩永が申し訳なさそうな顔で複雑な笑みを見せていた。
どうやら反省しきりなのはお互い様のようだ。

「なぁんが可笑しいけ?輝センセ」
「え、いや・・・」
諦めてデスクに座り直した岩永は、笑いを堪える輝を見上げた。
「その、何つーか・・・珍しい顔見れたなぁと思って。岩永先生も・・北見先生も」
「あ゛?」
振り返ると、面食らった北見は途端に眉根を寄せていつも以上に険しい強面顔を繕う。
「おら、403号室の小和田さん、検査の時間だべ。早よ行け」
「はいっ」
くれぐれも無理しないようにと念を押しながら受検資料を受け取った輝が出て行くと、再び恐る恐る振り向いてみた。

外科部長の眉間の縦皺は、しばらく取れそうにないだろう。