「じゃあ、失礼しまぁす。」
にっこり笑って立ち去る少女に、手を振って笑い返しながら見送る輝。
その手にはこの時期限定の可愛いハート柄がプリントされた紙包み。
なのに、少女が見えなくなると輝は浮かない表情に変わる。
はーっ、と溜息が一つ。
「あら、モテてますね。輝先生。」
突然、背後から掛けられた声に飛び上がって振り向いた。
「おわぁっ！･･･あ･･･あ、綾乃さん。」
輝の慌て振りに少し驚きながらも、くすくす笑って歩み寄った綾乃は輝の手に別の紙袋をぶら下げているのに気付いて、目を丸くした。
「それ、全部チョコですか？」
ドジテルだなんだと言われていても明るい輝は結構な人気者ではある。
が、それにしても意外な数。
「あ･･･いや、これは･･･。」
「いいじゃないですか、照れなくても。」
口ごもる輝がなんだか可愛らしく思えて目を細めた綾乃だったが、
「ち、違うんですよ！これっ･･･」
とうとう訴えるように輝が言い放った。
「これ、殆ど北見･･･先生宛のヤツなんですよ！」
「え？」
「そりゃ俺のも少しは入ってるけど、北見のついでとか、渡してもらうお礼とか･･･よーするに使いっぱしりっスよ。」
膨れっ面で紙袋を見る。
（そういうのばかりじゃないと思いますよ。）
微笑む綾乃に、輝は自分が一方的に不満をぶちまけていた事に気付いて少し恥ずかしくなった。
「と、とにかく頼まれちゃったから仕方ないけど･･･。」
「じゃあ、私のはその後で。」
「えぇっ？！」
ドキリとして目を見開いた輝に笑顔を残して、綾乃は廊下を曲がっていった。

（綾乃さんからチョコが貰えるぅ〜ｖ）
現金なもので、すっかりにやけてしまった輝だが、その前に済ませなくてはならない事を思い出す。
何で俺がよりによって北見にチョコを渡さなくちゃなんないんだ。どーせあいつなんか毎年山と貰ってて、この日のチョコのありがたみなんか解りゃしないんだ。
いっそ自分で喰っちまおうかとも思ったが、さすがに患者さんから託されたものを無下に扱うわけにもいかない。
医局に戻る道すがら、また膨れっ面になりかけたが、
「ん？そーだ！何も手渡しする必要ないじゃん。あいつがいないうちに机の上に置いときゃいいんだ。」
善は急げ！自然と速まった足が、ふと止まる。
あいつでも好きな子にチョコ貰って一月後にお返ししたことなんてあったのかなぁ。
あいつの好きな･･･
そんなことを考えてると、頭に浮かんだのは──スキンヘッドに色柄のシャツに──
いぃーっ？！なっ無かったことにしよ、この想像は。
振り払うように頭を振る。
（俺には綾乃さんのチョコが待ってんだーっ！）
輝は医局に駆け込むと、主のいない机に紙袋の中身をぶちまけて急いで出ていった。

「おんやぁ。相変わらずモテモテだねぇ、北見ちゃん♪」
北見の後ろを医局までくっついてきた安田が額に手を翳す。
視線の先は北見の机。
輝の預かったものの他にも、別の先生や看護婦達が頼まれたもので、既に机の上には色とりどりの包装紙が山を成していた。
もう慣れたとはいえ、毎年この山を見るたび北見は溜息をつく。
甘いものは嫌いではないが、特に好物でもない北見にとってさすがにこの量は多すぎる。
好意や感謝の表れと思うと棄てるわけにもいかない。
ナースステーションに差し入れたり、疲れた時に他の先生方にも配って一緒に食べたりして、ようやく捌けるのに何ヶ月かかることか。
「いーなぁ、じゅんじくんもほしーｖ」
横に来た安田がお気楽な口調で北見の顔を覗く。
「何言ってんですか。奥さんと娘さんからちゃんと貰えるでしょう。」
「んもぅ、北見ちゃんから欲しいんじゃないのぉ。」
「･･････院長、ここでそういう言い方は止めて下さい。」
「ん？」
いつの間にか入口で入ろうか入るまいか顔を見合わせている片岡と岩永に気が付いて、北見が頭を抱える。
「報告書は後で持っていきますから──」
安田を医局から追い出すと、机の上を片づけながら平静を取り繕った。

ハッピーバレンタイン･･････贈り物の行方は？