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「あ〜あ・・・」 頬杖を突いて、溜息交じりで手に持った紙片をひらひらと揺らす。 ──やっぱ、出所が縁起悪かったかなぁ･･･ いまさらボヤいたって遅いんだけど。そう思いながらも、椅子の背に凭れてまた溜息。 「どうしたの？輝先生。」
「えっ？あ・・・」 医局に戻ってきた岩永の声に、輝はバツが悪そうに目を逸らした。 今、自分がどんな顔してたか、分かっていた。きっとつまらなそうに拗ねた子供みたいな顔だ。 「何かつまらない事でもあったの？」 うわ・・・やっぱし。 「へへっ、ちょっとね。」照れ笑いで岩永を見上げた。 そしてまた手に持った紙をひらひら。 ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ 「あ、綾乃さーん。」
やけにご機嫌な輝が、ナースステーションに入るなり綾乃を見つけて歩み寄る。 もはやナースステーションに入り浸るのが日課の輝を、綾乃はいつもの笑顔で迎えた。 「何か？」 「あのぉ、綾乃さん明後日非番ですよね。」 「えぇ。」 「実は俺も急に休み取れたんで・・・それで、もしよかったら・・・これ。」 ──ホントは沖先生に頼んで、当直と引き替えに融通してもらったんだけどさ。 それは言わぬが花で、白衣のポケットから二枚のチケットを取り出した。 「貰いモンなんだけど、どうですか？」 デートスポットとして人気の遊園地。ところが綾乃の反応は今ひとつ悪い。 「あ・・・」 「だ、だめっスか？」 えぇ、と言いかけた綾乃の後ろから令以子が口を出す。 「残念でした。綾乃は先約があるの。」 「えっ！だっ、誰と？」 「あ・た・し。」 「へ？」 「あたしの買い物に付き合ってもらうのよ。一緒の休みって久し振りだし、ねっ。」 「ゴメンね、輝先生。せっかく誘ってくれたのに。」 申し訳なさそうな綾乃の横で、令以子が勝ち誇った顔で笑っている。 「ダ〜メよ、輝先生。デートに誘うならもっと早く段取りしなくっちゃ。貰い物のチケットなんかでやろうとするからこうなるのよ。」 「もう、令以子ったら。」 苦笑いして咎める綾乃を前にして、輝も苦笑するしかなかった。 （ちぇっ、佐野さんっていい人なんだけど、ちっょときついよなぁ･･･) ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ 「ふーん、それで結局フラれた訳だ。」
「まぁ、どうせ貰いモンなんですけどね。これがまた・・・」 なにせバイク事故で入院していた大学生が退院する時にくれたもので、しかも彼女とのデートに使うつもりが入院中にフラれて宙に浮いてしまったという代物。文句なしの縁起の悪さだ。 自分の愚痴をひとくさり聞いてもらった輝は、少しすっきりしたのか、気持ちを切り替えるように大きく息を吐いた。 「そうだっ、もし良かったら岩永先生にあげますよ。ご家族で行って来ませんか。」 「え？・・・ありがとう、でも・・・」 「いいから、いいから。たまには奥さんとデートしてあげたら喜びますよ、きっと。」 「でも、やっぱり・・・」 岩永は強引に押し付けられた券を見直して、また輝に差し返した。 「だめですかぁ？やっぱこんなツイてない券じゃ悪いかなぁ。」 「そんな事無いけど、この券有効期限今月いっぱいでしょ。うち今、娘と一緒に実家に帰ってていないから。」 「ええっ！また喧嘩したんスか！？」 輝の剣幕に思わずのけぞる。 「ち、違うよ、今回は。」慌てて手を振って否定した。 「実家の法事でね。手伝いついでに一週間くらい泊まってくるようだから、帰るの待ってたら多分期限過ぎちゃうよ。」 「そうなんですか。」 ふ〜ん、と頷いた輝が、急に何かひらめいたように岩永に訊いた。 「岩永先生、次の休みって・・・」 「あ、明後日だけど。」 「なんだぁ、一緒じゃん。よし！先生、一緒に行きましょう、遊園地！」 「えっ？」 「いーじゃないスか。こうなりゃヤケだ！フラれたもん同士で遊んじゃいましょう。ね、いいでしょ。 付き合って下さいよ、ヤケ遊園地！」 別に僕はフラれた訳じゃないんだけどなぁ・・・。岩永は子供のようにせがんでくる輝に苦笑して溜息をつく。 「分かった。いいよ、付き合うよ。」 女の子にデートを断られてヤケ酒じゃなくヤケ遊園地ってのが輝先生らしいよね。 無邪気に喜ぶ輝につられて、つい笑みが漏れた。 ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ 朝、アパートの前まで迎えに来た岩永の車の助手席に、輝が嬉しそうに乗り込んだ。
「そんなに楽しみだった？」 小学生の遠足さながらにはしゃぐ輝を見て岩永が笑う。 「え？だって、そりゃあ・・・」 ──何が楽しみかって・・・・・・何でだろ。岩永先生と一緒に遊べるから、なんて言ったら誤解されそうだよなぁ。 「やっぱり、ほら！遊園地なんて久し振りだし。」 「そうだね。そう言えば僕も久し振りだよ。」 何かを思い出して懐かしそうな岩永の横顔を見上げながら、輝はワクワクする気分を抑えきれなかった。 ──変かなぁ。変じゃないよな。久し振りの遊園地だから・・・だからだよな。 平日とはいえ、さすがに人気スポットらしく、遊園地は朝からかなりの賑わい振りだ。 広い園内は、お目当てのアトラクションを目指す人達ですでに混雑していた。 「迷子にならないでよ、輝先生。」 「んもう！ガキじゃないんですから。」 からかう岩永に、輝がくってかかる。 ──何でいっつもそうガキ扱いなんだろ、俺。 膨れっ面で口を尖らす様子が、すぐ横を歩く修学旅行の中学生の一団と違和感無いという自覚がない輝を見て、岩永がまた笑った。 「ごめんごめん。さ、何に乗るの？ああいうやつ？」 一番の目玉のジェットコースターを指差す。 「あ・・・実は俺、ジェットコースターとか苦手なんスよね。」 「へぇ、意外だな。輝先生なら喜んで真っ先に乗り込みそうなイメージだけど。」 「えへへ。」 ──そっか。岩永先生には飛行機事故のこと話してなかったっけ。ちぇっ、またガキだと思われたかなぁ。ま、いっか。 「あ、あれがいいな。」 輝は岩永の腕を引っ張って、アーケードゲームのコーナーに向かった。 一通り制覇してゲームコーナーを出る。昼近いのに気付いてカフェテリアに入る。 ランチはファーストフードだけど、外のテーブルで行き交うカップルや家族連れを眺めながら、さっきのゲームの話で盛り上がる。 ──何だかこれって・・・・・・もしかしてホントにデートみたいじゃん。 急に降って湧いた思いが輝を戸惑わせた。 ううん、本当は心のどこかで何となく期待してた光景なんだ。 いつでも誰にでも優しいこの人が、今自分の目の前にいて自分にだけ笑いかけてくれて。 それだけでなぜか無条件に嬉しくて。・・・・・・俺、やっぱり変かな。 言葉が途切れて見つめる輝の頬に不意に岩永の手が伸びて、輝はどきりとした。 「ケチャップ付いてるよ、輝先生。」 くすくす笑いながら紙ナプキンで拭き取る。 「いっ、いいスよ。自分で・・・」 輝は慌てて紙ナプキンを奪い取って、頬の赤みを誤魔化すようにごしごし擦った。 カフェテリアを出る頃には、穏やかな陽気な誘われた人々で午前中より更に混み合っていた。 小柄な輝が人波に流されそうになってたびたび岩永のシャツを掴む。 岩永は、本気で迷子の心配をしといたほうがいいかな、と思い始めた。 「輝先生、はぐれた時に落ち合う場所でも決めとこうか・・・・・・輝先生？」 返事のない輝を振り返って、あれっ、と肩透かしを喰らう。 いないっ？！ 目線を落とすと、自分のシャツを掴んでいるのは輝だとばかり思っていたら。 「お嬢ちゃん、どうしたの？」 小さな少女が大きな丸い目を更に見開いて、訴えるように見上げている。 岩永は片膝を突いて笑顔で問いかけた。 「今日、誰と来たの？パパとママ？」 もじもじしながら小さく頷く。 「はぐれちゃったんだね。」 今度は大きく頷くと、急に大きな瞳からぽろぽろ涙を零し始めた。 自分も幼い娘の父親である身としては放ってもおけない。慌てて抱き上げて優しくあやす。 「大丈夫。係の人に探してもらおうね。」 少女は両手の甲でごしごし目を擦って、岩永の首にかじりついてきた。 「きっとすぐ見つかるよ。ママもきっと君を捜してるから。」 丸まった背中を撫でながら、迷子センターを探して歩き出した。 輝のことも捜さなくてはならないとは思うが、あてはないし。 ──迷子センターか。輝先生も居たりはしないよなぁ。・・・・・・まさか、ね。 そのまさかは、確かにここに居た。 迷子センターで保護された子供達を眺めながら、輝は思案に暮れていた。 ──どーしょっかなぁ。 岩永とはぐれた後、思い付いたのは呼び出し放送。ついでに見つけた迷子を連れてセンターまで来たはいいが。 どうやらここでは呼び出しの園内放送はしてくれないらしい。迷子は園中に散ったスタッフが連絡を取り合って見つけるシステム。園のムードを壊さない配慮なのだが。 これではさすがにいい大人が迷子ですとは言い出し辛い。 ──こんなことなら・・・ 恥ずかしくたっていいから、しっかり手ぇ繋いどけばよかった。 岩永先生、怒ってるかな、呆れてるかな。心配してるかなぁ。 やっぱり捜してるだろうなぁ。諦めて帰っちゃったらどうしよう。 後悔するやら情けないやらで、悪い方へ悪い方へと考えがいってしまって。 もう泣きたい気分だ。 「い、岩永せんせい〜！」 「だから言ったでしょう、迷子にならないでって。」
──ええっ！？ 頭の上から降ってきた声に思わず振り返った。 「まさかと思ったけどホントにいたとはね。」 入口に少女を抱き抱えて岩永が立っていた。 少女を迷子センターのスタッフに引き渡しながら、輝に向かって片目を瞑る。 「先生〜〜っ！」 岩永の顔を見た途端に、輝は気が抜けて半ベソかいたまま岩永にしがみついた。 「大変ですね。生徒さんですか？」と尋ねるスタッフに、岩永は苦笑いで曖昧に答えながら輝の頭を撫でた。 「すんません・・・ホントに。」 ベンチで項垂れる輝の頭に、岩永が手を置いた。 「別に輝先生が悪い訳じゃないよ。」 慰めの言葉にますます俯く。 「でも・・・俺・・・」 「ほら、時間もったいないよ。せっかくの休みなんだから。」 目の前に、立ち上がった岩永の手が差し出された。 「え？・・・」 「だって、また迷子になったら大変だしね。」 笑って輝の手を取り、もう一度促す。「ほら、行こう。」 引っ張られて立ち上がった輝は一瞬躊躇ったが、顔を上げるとしがみつくように岩永の腕に抱き付いて力を込めた。 「えへっ。いいよね、こっちの方が確実でしょ。」 ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ 消え残る夕陽の最後のオレンジ色が、次第に濃い紫へと変わっていく。
家路を辿る車窓から吹き抜ける風が、車の振動が、とても心地良くて、遊び疲れた身体に眠気を誘う。 それになにより。 「岩永先生・・・」 「なに？」 「すんませんでした。今日、引っ張り回しちゃって。」 「そんなことないよ。僕も楽しかったから。」 隣で答える柔らかい笑顔が心地良くて。 夢うつつにその横顔を見上げながら、輝はいつの間にか眠りに落ちていた。 ──良かった。楽しかったって、言ってくれた。 いいよね、たまには・・・・・・こんな休日があっても。 スミマセン、遊園地デートが書きたかったんです。 |