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「へぇ、いいなぁ。僕も観たかったな。」 思わず出た正直な感想だった。 だからこそ、却って癇に障ったみたいだ。 「見に行っていいぞ。今からでもまだ間に合う。」 カウンターに置かれたグラスが、あからさまに不機嫌な音を立てた。 そう広くない静かな店内。他の客が居たらびっくりしたかも知れない。 「貴方は観ないんですか？」 観たくない筈はない。シミュレーションとはいえ、院長のバチスタ手術だ。 ましてや、それが真東光介の手術の再現と聞けば。 「後で観るさ。どうせ必ず皇さんが記録を撮ってる筈だ。」 「じゃあ、僕もその時一緒に。」 「好きにしろ。」 頑なにグラスの中の氷に固定された視線は、僕が何を言っても戻らない。 「そんなに悔しかった？」 ちょっと意地悪な問いだと解ってたけど。 案の定、きつい瞳が弾かれたように僕を射た。 「･････バカな。」 けれど吐き出すように一言呟くと、視線はまた氷へと逃げる。 彼が心中穏やかじゃないのはすぐに読み取れた。 そうでなれけば、こんなチャンスを棒に振って僕を酒に誘ったりはしなかっただろう。 ２０年も前の――遥か遠い記憶と記録とを手繰り寄せ再現するのは、院長と皇さんの力を以てしても多分容易じゃない。 全ては輝先生の為。 敬愛する天才名医の忘れ形見で、患者さんを死なせない絶対的天運の持ち主で。 その彼の為に院長は長い記憶の封印を解いてみせた。 それが何を意味するのか、僕にだって解る。 彼にとってどんなに残酷な事かも。 彼と輝先生とでは院長が期待するものの種類が違うのだと、言われても彼が納得するとは思えない。 だからといって僕らに何が出来る？ 運命の轍を変える奇跡なんて、僕らにはあまりに遠い。 以前聞いた事があった。
『――来いよ、北見･･･』 それが全ての始まりだったと。 その日からあの人は彼の唯一絶対の神となった。 彼は神を祀る司祭であり、同時に平伏す信者でもあり、また捧げられる供物でもあるのだ。 神を追い求める昂揚。神から求められる至福。 人たる身の絶望。届かぬ想いへの渇望。 何もかもがあの人によって生まれる。 与えるも奪うも、全ては神の意のまま。 それは常に怜悧で残酷。 人はただ翻弄されるだけの存在。 それでも彼は従い続けるのだろう――黄金の足枷を彼自ら外すその日まで。 彼自身がその支配を望む限り。
深い漆黒を湛えた眼差しはただ黙って、音を立てて崩れる氷に注がれていた。
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