天使の尻尾


 
ほっとした途端、気が緩んで、ついでに涙腺まで緩んでた。
慌てて擦ったけど、韮クンをびっくりさせちゃったみたいだ。
せっかく誤解だって説明してくれたのに、やっぱり頼りないなんて思われたかな・・・

「何やってんだ、岩永。」
強い口調にはっと気付くと、箸で摘んだ筈の唐揚げがいつの間にか味噌汁の中に沈んでいた。
「あ・・」
溺れた唐揚げを急いで救出する僕に呆れながら、北見先生は定食のトレイをテーブルに置いて向かいに座る。
「ぼーっとして、どうしたんだ。疲れてるのか?」
「すみません。そうじゃなくて・・・」
言いかけて、ふと思い至る。
「そういえば、北見先生は知ってたんですよね、韮クン達のトレーニングの理由。」
「ん?あぁ。」
少しばかり非難を込めた僕の視線は知らぬ振りして、醤油を手に取るけど、唇の端っこがほんの僅か頬を押し上げてる。
「どうして教えてくれなかったんですか?」
「黙ってた方が面白い。」
きっぱり言われて、嫌な予感が過ぎる。
「あの・・・もしかして、こんなおかしな指導をあっさり引き受けた理由って・・・・」
「もちろん、お前が抱っこされてあたふたする顔が見たかったから、に決まってるだろ。」
今度ははっきりと、端正な口元が優美な上向きのラインを描いた。
(そうだった・・・・)
この見た目や肩書きに誤魔化されて皆なかなか気が付かないけど、結構子どもっぽいところあるんだよなぁ・・・この人。
がっくり項垂れた僕の頭上を、くすくす笑いが通り過ぎた。

「そうか、韮崎先生話したのか。お前があんまり悩んでるから気が咎めたんだろうな。」
「貴方は咎めなかったんですか?」
上目遣いに睨んでも、堪える様子はまるで無い。
「ま、少しはな。だからびしびし鍛えてやってるぞ、早く目標達成出来るように。」
そんな問題じゃ・・・・と言いかけた言葉を諦めて再び肩を落とした僕に、北見先生はあくまで楽しげで。
「安心しろ。筋がいいし熱心だから、あれなら65s位すぐ持ち上げられるようになる。」
楽しみだろう?とにっこり笑った天使の笑顔の後ろに黒い尻尾が見えたのは ─── 多分僕だけに違いない。