−アカイツキ−



───それは、痛みと恐怖を刷り込む為だけのような行為
 

「・・・も・ぅ・・・・やめ・・・・・・・・お願いで・・・す・・・」
辛うじて絞り出した哀願の言葉は、すぐさま悲鳴にすり替えられた。
愛撫の意思の欠片もない力任せの動き。
背後から激しく穿たれる度に激痛が背筋を駆け上がる。
そして容赦ない痛みに身体が覚え込まされる────『逆らえない』と。
 
欲望を吐き出し終えたものがずるりと引き抜かれると、解放された身体は力無くマットに沈んだ。
意識を保っているのが精一杯で、それすらも気を抜くとおぼつかない。
やっと終わったという安堵感だけが支えだった。
だが、ケビンはまだ終わらせるつもりはなかったらしい。
既に緩んでいたネクタイを引き抜くと、岩永の両手を捻じ上げ後ろ手に縛った。
「・・・な・・・に・・?」
されるがままの岩永にもう抵抗する力も気力も残っていない。
「大人しくしていろ。」
ケビンが顔を近づけて、喉の奥で笑う。
さっきまでの激しい憎悪は消えていた。そのかわりに浮かぶのは冷たい笑み。
「ちょっと痛めつけたようだからな。今度は貴様も少し楽しませてやる。」
岩永をベッドに放置したまま、部屋を出て鍵を閉めた。
 
 
人の気配に意識を取り戻して重い瞼を薄っすらと開いた。
再びベッドに乗り上げてきたケビンは手に何か携えている。
それが何かを知る事も出来ず、手を拘束されたまま乱暴に腰を持ち上げられた。
またあの痛みが繰り返される恐怖に身が竦む。
しかし与えられた刺激は思ってもみない類のものだった。
不意に前にまわったケビンの手が、岩永自身を握り込んだ。
「ひっ・・・」
ぬるりとした酷く冷たい感触に思わず声が上がる。
が、それは程なく熱へと変わり、信じられないような熱さが身体の中心を襲う。
「・・・や、・・・ぁ・・・・・・熱っ・・・・・・ぅあぁ・・・・」
繋がれた腕が軋み、身体が跳ね上がる。
ケビンは悶える岩永の身体を押さえ付けるながら、手の中で変化するものを確かめるように弄んだ。
「薬物は専門だろう。どうだ、こういうのは初めてか。」
嬲る言葉も耳には入らない。
強く扱き上げる指と熱とに追い詰められ、意志に反して否応なく幾度も強要される『開放』。
意識が途切れがちになるほどの強烈な感覚に倒れ込みそうになっても、後ろから抱えた腕がそれすら許さない。
過ぎた快感はもはや快感とは呼べず、熱に狂わされた躰に引き擦られてただ嬌声を上げ続けるしかない。
悲鳴にも似た声がやがて掠れ完全に途切れるまで、それは続いた。

だがケビンは力尽きた身体を手放さなかった。
まだだ───声には出さず、口の中で呟く。まだ足りん、と。
この男を嬲り尽くしたとして、それで一体何がどうなる。
病床の母が見殺し同然にされた過去が消える筈はなく、母を見捨てた連中に復讐できるわけでもない。
だがこの男の言葉は、自分に抑制不能なほどの怒りを抱かせた。
あまりに幼くあまりに無力で、母の死をただ成す術なく見ているしかなかったかつての惨めな自分を思い出させたのだ。
だからこれは、その正当な仕打ちだ。
説明の付かず制御できない衝動を正当化する理屈にケビンは固執していた。
それが怒りならまだしも、己のトラウマに起因する悲しみややり切れなさであると、認めるわけにはいかないのだから。

大きく一つ息を吐いて、ゆっくりと次の動作に移った。
前にまわしていた指をもう一度ジェルで濡らし、今度は後ろを探り始める。
指の刺激と塗り付けられた熱が次第に意識を呼び戻す。
「・・・や、やめ・・・・・・はぁ・・・・・・んッ・・・」
岩永の意識が戻ったのを見計らうように、責める指の動きが一層大きく激しくなった。
奥まで差し込まれのたうつ指が、内側の敏感な箇所を探り当てると背中が跳ねた。
その反応を楽しむように抜き差しを繰り返しながら何度も擦り上げてくる。
煽られるだけ煽られて達しようとしたその寸前────暴れ回っていた指が突然、無慈悲に引き抜かれた。
不意に足下の地面を失ったかのような喪失感と当惑。
両手を縛っていたネクタイが引き解かれると、震える指が縋るものを求めてマットに爪を立てた。
その様子を見下ろして冷笑を浮かべたケビンは、岩永の肩を掴んで振り向かせ、自分の前に引き据えた。
「どうした。この先が欲しいか。」
不安に怯える顎を捉える。
「そうなんだろう。ん?」
岩永は目の前の勝ち誇った顔から目を逸らし屈辱に唇を噛み締めた。口を開けば懇願の言葉を吐いてしまいそうで。零れ落ちる涙を止められなかった。
しかし、そうした抵抗はケビンの征服欲を一層喚起するものでしかない。
「見かけに依らずなかなか躾甲斐がありそうなのは、楽しめて結構なことだが・・・」
岩永の髪を鷲掴みにして涙に濡れた顔を引き寄せた。
「あぅっ・・・」
「まず誰が主人かを判らせておかねばいかんな。」
月明かりしかない薄闇の中。
冷たい嗤いに歪むケビンの輪郭が霞む視界に浮かぶ。
漠とした恐怖が、痛み以上に身体を縛った。
「・・・ど・・うして・・・・こんな・・・・・・」
「訊いてどうする?」
掠れた声を嘲笑うかのようにあっさりと言い放つ。
「貴様には隷属者の立場というものがまだ分かってないようだな。」
まるでからかうように頬を伝い落ちる雫を舐め上げた。
「嫌・・だ・・・・・・離し・・・・てっ・・」
岩永は顔を背け、逃れようと力無く藻掻いた。それは理性の最後の抵抗だったが。
バシッ───!!
目が眩むほどの力で頬を殴られマットに倒れ込んだ。
ふらついて自由の利かない身体を俯せに押さえ付けるのは造作もなかった。その腰をケビンの腕が掴んで引き寄せると、自分の前に宛う。
硬く勃ち上がったものが再び岩永の身体を差し貫いた。
「あぁぁっっ!!・・・・・・あぁ・・・・ッ・・・・・」
腕をまわして岩永の身体を抱き起こし、自分の上に座らせた。
「・・・・・・・はぁ・・・・・ぁ・・・・はっ・・・」
身体の重みで更に深く最奥まで埋め込まれて、その存在感に呼吸すらままならない。
頭の芯が麻痺して次第に自我が失われていく。
「さあ、貴様が動け。でないといつまでも終わらんぞ。」
恥辱に満ちた命令に、頭の隅で嫌だと拒絶する意識を無視して、身体は大人しく従っていた。
苦痛を快感にすり換えるしかもう逃げ道は無いのだから。
言うなりに、力の入らない腰を何とか揺らそうとするが、思うように動かないもどかしさに苦しげな喘ぎ声が漏れる。
意識を引き剥がされた肉体は、既に苦痛と快楽の区別さえ曖昧になっていた。
焦点を失った瞳から溢れ出した涙が何の所為なのかも分からないまま、ただ止めどなく頬から顎を濡らしていく。
ケビンは背後からその顎を捉えて引き寄せた。
「少しは分かってきたようだな、自分の立場が。」
手の内に堕ちた身体を満足そうに弄びながら、言葉と舌で耳の奥まで犯していく。
───もう意識が堕ちるのは時間の問題。
「どうする?まだ楽しみたいか?」
半濁した意識の下で言える答えは他になかった。
「・・・助け・・・・・・・・も・・ぅ・・・・赦し・・て・・・・・」
「よかろう。」
獲物を完全に手に入れた達成感を滲ませた声と同時だった。
岩永を貫いていたものが下から激しく突き上げられた。
「いやあぁぁっっ!!・・・・・ぁあっ!・・・・・・っっ!!」
仰け反る身体を押さえ付け、更に何度も繰り返し責め立てる。
負荷の限界を超えた衝撃に打ちのめされて、岩永は堕ちていくまま意識を手放した。
最後の記憶は、内部を焼き尽くすような熱い奔流。
そして冷ややかな“宣告”。
「きさまにもう戻る場所などない、───ここ以外にな。」
 
動かなくなった肉体を、ケビンはぞんざいにマットの上に投げ倒した。
目的は果たされた。
自分に楯突いてプライドを傷付けた愚か者に相応な制裁を加えたのだ。
だか満足した筈の肉体と裏腹に、何故か苛立ちは晴れていない。
そう、この男はいつも自分を苛つかせる。
いつも此処の方針に従わず、自分に盾突く。
こいつとて、引き抜きに応じて自ら此処へ来た筈なのに。
しかし未だにヴァルハラの理想を口にする岩永は、ケビンにとって己の人生をすら否定する目障りな存在。
それはとりもなおさず、ヴァルハラそのものが自分とは決して相容れない存在であるという事に他ならないのだ。
残された道はヴァルハラを潰すか、さもなくば自分が敗れるか。

───見ているがいい、ジュンジ。
   貴様も、貴様のヴァルハラも必ず私の足下にひれ伏させてやる。
   こいつのように。

ケビンは疲労とも満足の笑みともつかない表情に唇を歪ませてベッドから退いた。
衣服を整え終えた後、抜け殻となった身体を一瞥して部屋を出ていった。