◇◆燐 光◆◇


 
「自分はどうしてまだ生きてるんだろうって、思ってましたよ。」
穏和な笑顔の中にほんの少し躊躇いを残してながら、そう語りだした。
「あの時死んでいれば楽だったのに――と」


 
父も母も殺されてしまったに違いない。
兄や姉とも、きっともう二度と会えやしない。
こうして人の慰みものとして売り買いされてまで、何故生きてるのか。
理由はただ単に、自ら命を絶つ手立(すべ)も気力も残っていなかったから。それだけだった。

『お前、それを見たのか?』
いつまでも泣いてるばかりの僕に、彼が訊いた。
『え?』
『自分の目で確かめたのか?』
僕は黙って首を横に振る。
『だったら生きてる可能性だってあるじゃないか。確かめたくはないのか。』
『そんな・・・だって此処から出るのだって無理・・』
閉じ込められたこの部屋から出られるのは、客が付いてる間だけ。
他に、逃げようとした者、酷く体の弱った者、ただ身を売(ひさ)ぐ為だけに生かされる日々に堪えきれず気が触れた者が連れ出されていく。
彼らは皆二度と戻っては来ないが、その行く末は容易に想像出来た。
また泣き出しそうな僕に彼は少し苛立ったようだった。
『諦めるな。少しでも望みがあるなら捨てるなっ。』
薄暗い部屋の澱んだ空気を祓うように、凛とした声が響いた。
唇を引き結んだ顔が真っ直ぐ僕を見据える。
その瞳の煌(かがや)きに一瞬目を奪われた。
貶められた日々も消し去る事の出来ない、持って生まれた煌輝。
どうしてこんなにも強くいられるのか。やはり出自が違うのだろうか。
僕はこんな風に強くはなれない。
悲しくなって俯く僕の傍らで、小さな溜息が聞こえる。
呵られると思った。呆れて見捨てられても仕方ない、と。
でも肩を抱いて体を寄せた彼は、思ってもみない優しい声だった。
『――少し眠れ。』

この声と温もりがいてくれる間は生きていられるかも知れない。
そんな想いで目を閉じると、とても穏やかに眠りに入れたのを覚えてる。

 

「だから彼がいなかったら、僕は・・・・・・多分こうして生きてはいなかったでしょう。」
手にした笛袋に目を落とした表情に些かの逡巡が覘くのは、話して良かったものか未だ迷いを捨て切れてない証であり、それは取りも直さず、癒えぬ疵を過去のものと割り切れていない心の内をも証していた。

脇息に凭れて聞いていた森は、言うともなしの小声で「そうか」と呟いた。
生半可な友情や憧憬ではないと気付いてはいた。
幼くして苦界を生き延びる過程で生まれた必然の絆といえる。
だからこそ憐れとも思えた。
この若さで、余人の割り込む隙の無い絆をのみ頼りとして生きねばならなかった境遇が。
そして漸く思い至った。
あの常に何かに挑むような炎を宿す瞳が、いつかふと漏らした言葉の意味を。

『俺は彼奴に救われたと思ってる―――彼奴がいたから耐えられたんですよ。』