promotion

「退屈やったら、どうですか。」
暇潰しに、と言うつもりか。にっこり笑った日焼けした顔が手にしているのは、チェス盤だった。
「お前は監視役だろう？」
きつい眼で睨め付ける北見を意に介さず、青年はテーブルの向かいに座ると盤を広げる。
「見張るんやったら、ここが一番よか位置ですけんね。」
階級こそ少尉とはいえ、特務の人間。気を許してはならない相手だと分かっているのに。
屈託のない笑い方はいかにも人懐っこい雰囲気を醸し出し、つい警戒を解いてしまいそうになる。
それとも、これも特務として身に着けた技能の一つなのか。
探るような視線を外さない北見の表情を不機嫌ととったらしく、青年は駒を並べる手を止めた。
「ぁ･･･チェスは好かんやったですか？」
「え？いや･･･別に。」
突き放しても良かったのに、何故かそうしなかった。
彼の笑顔に演技やテクニックが感じ取れなかっただけじゃなく、ふと誰かを思い出したから。
陽溜まりがよく似合ったあの････

―――何をバカな！

行き着いた自分の連想があまりにも意外で、北見は目を逸らし動揺を飲み込んだ。
青年は苦笑して、再び駒を列べ始めた。
「そげん心配せんで。貴方は僕が守りますけん。」
「･･･それがお前の任務だったな。」
北見が背けたまま吐き捨てるように言うと、青年の瞳に一瞬翳りが走る。
「任務やなくても、守りますけん。あん人がそう願っちょったから。」
―――“あん人”･･･？
その響きから、それが塩飽を指すとは思えなかった。
しかし、ならば一体誰の事だ？
視線を戻した北見に嬉しそうに微笑んだ青年は、己に誓うように言った。
「あん人の代わりに、僕が守ります。」