− 願 い − 03.12.09



あいつは寂しげに目を伏せて呟いた。
自分に言い聞かせるように。
「戦争だからね、仕方ない・・・」
納得なんざしてねぇくせに。


歴史を学んでいると言っていた。
自分の国がどれだけ豊かな歴史の宝庫か自慢していた。
砂漠に奇妙に突き出た幾つもの丘を指差して、
「あのひとつひとつの下に都市が眠っている」と語った。
いつか自分の手で発掘するのが夢だ、と。
他の連中と同様、あいつも日本人が大好きだった。
呆れるくらい世話を焼きたがり、あけすけに日本を羨ましがった。
金持ちである事、自由がある事。
そして、敗戦から立ち直った努力、勤勉さ、誠実さ、等々。
聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらいだ。
中でもあいつが日本の一番気に入ってるところは、軍隊を持たないところだと言った。
「日本にもあるんだぜ、“自衛隊”ってやつが。」
「でも、一度も他の国を攻撃した事無いでしょう。」
心底感嘆した口振りだった。
「世界中の軍隊がそうすれば、戦争なんか起こりやしないのに。」
 
地理的にも歴史的にも否応なく緊張を強いられているこの国は、長い間、半ば戦時下のようなもの。
軍の権力が強く、軍隊そのものも生活の一部に深く関わっている。
休日、街を案内すると言ったあいつは、交差点で待つ間に真顔で忠告してきた。
「道路を渡る時は気を付けてね、ドクター。青になってもすぐ渡っちゃダメですよ。」
「あん?」
「軍隊の車は赤でも無視する事、よくありますから。」
「・・・おっかねーな。」
俺が首を竦めると、あいつは苦笑した。
「そういうものですよ、軍隊というのは。」


あいつは本当に日本を羨ましがっていた。
軍隊がないという事を。
戦争をしないという事を。
どんなにきれい事を並べても、武器で戦う事は殺す事だと知っているから。
 ─── 殺したくない
 ─── 殺されたくない
 ─── 殺して欲しくない

こんな当たり前の、あいつの願いが叶う日は
いつか来るのだろうか。
 
 
当たり前の願いが当たり前のように叶ってきたこの社会を、
俺達は今、手放そうとしているのに───。




きな臭いネタですが、実はここに書いたのはほぼ私の実体験です。
遺跡が眠る砂漠の丘も、赤信号の話も。
そして日本が大好きで日本を本気で羨ましがった人達も。



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